2006年08月14日

訃報

昨日、あたしの大好きな利用者のSさんが、静かに息を引き取った。

この事実を聞いたのは、今朝、出勤したときだった。
でもあたしには、この話を聞く前に感じるものがあった。
虫の知らせとはこういうことを言うんだろうね。


あたしが何かを感じたのは、通勤途中、
近くを通った救急車のサイレンを聞いたときだった。
なぜかわからないけど、その時、ふと頭に浮かんだのがSさんだった。


『もしSさんが死んじゃったら、あたしとの最後の会話はなんだったんだろう』


そんなことを、ふと考えたのだった。
今思えば、なんでそんな縁起でもないことを考えたのか、不思議に思う。
でもそれは、偶然ではなく必然であったのかもしれない。

そんなことを思いながら出勤したあたしに、3階の職員からの思いがけない報告。
「昨日、Sさんが亡くなったからお線香あげに行ってあげて」


あたしには、言葉の意味が分からなかった。
人間って、あまりに驚くと笑っちゃうもんだね。
「え?本当ですか?」そう言うのが、やっとだった。


とりあえず着替えてお線香あげに3階に行かなきゃ、と思っていたら涙が出てきた。
あたしはようやく、言葉の意味を認識した。


他の職員と一緒に、3階のSさんの部屋を訪れた。
そこには、眠っているかのようにベッドに横になっているSさんがいた。
死因は老衰だったらしく、その顔は穏やかで、今にも起きそうな、そんな雰囲気だった。
よく、「眠ってるみたい」なんて言うけど、ほんとにそうだった。

今にも起きそうなのに、もう動くことはないんだと思ったら、涙が止まらなかった。
あたしはようやく「死」の意味を理解した。

幸いにも近親者の死に直面したことないあたしにとって、初めて向き合った「死」だった。
初めて見る「死んだ姿」だった。


お線香を上げる手が震えているのが、自分でもわかった。
階段を下りる足が震えているのが、わかった。

そして、あたしの仕事が、どれだけ大切な意味を持つかがわかった。


だから、正直怖くなった。
いつもどおりに笑顔でデイサービスの業務をこなしたけど、
「今あたしと笑顔で話してるこの人が、もしかしたら今日が最後になるかもしれない。」
そう思うと、たまらなく怖かった。







Sさんは、3階のケア付き住宅の入居者であり、デイサービスの利用者だった。
90歳を越えた男性で、その両目は全く見えなくなっていた。
耳もほとんど聞こえなくなっていた。

Sさんは、なぜかたまに英語を話す。
「おはようございます」と声をかけると、『グッドモーニン!』
脇やひじをくすぐると、『おほっおほっ!ちょ、ちょ〜っとストーップ!』
そんな可愛らしいSさんが好きだった。

Sさんとの食事は、大変だった。
苦手なもの・噛み切れないものがあると、すごく器用にそれだけを口からプッと飛ばす。
はたまた、手に出してポーンと投げる。
Sさんは見えていないから、人の顔やら食事やらにも投げてくる。
その行動に慣れてきたあたしは、よくティッシュでキャッチしたものだ。

Sさんはよく、見えない人と会話をしていた。
見えていない目で、何かを見ていた。
『道に迷ってしまったので交番に連れて行ってください』
そう頼むSさんの目には、どんな世界が見えていたんだろう。

Sさんは、おせんべいが大好きだった。
目の前のテーブルを手探りで何か探していたので声をかけると
『おせんべいが食べたいんですけど、おせんべいはありますか』
そう言って、一生懸命探していた。


Sさんは、職員みんなから愛されていた。
Sさんは、あたしの癒しだった。

あたしは、Sさんが大好きだ。



どうか、どうぞ、ゆっくり休んでくださいね。
posted by まめっち at 21:55| Comment(7) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いつからかなぁ。
人の死に慣れたのは。
慣れるわけなんかないのに、自分に言い聞かせていた気がする。
自分が汚れてるって認識した瞬間だったよ。
まめっちは純粋なままでいてください。
Posted by MEGANE at 2006年08月15日 00:42
人は死んだ後も
体の感覚が残っているそうです。
例えば皮膚感覚や聴覚。
それが徐々に薄れていくそうです。

なかでも聴覚は一番最後まで残るらしく
病院の看護師さんなどは
声をかけながら体を拭いてあげたりするらしいです。


だから、


私は故人の前で泣かないで
語りかけていたい。



そう思うのです。
Posted by 奥さん at 2006年08月15日 19:25
その人の人生のある一時期でも
関われるってコトは
とても大きいことだと思う。
泣けるならいっぱい泣いて上げてください、自分のために。
そしてその人のために笑えるようになれればいい。
泣いていいときに泣けなかったりすると
結構後が辛いんだ、本当に。
Posted by at 2006年08月15日 22:35
まめっちの記事を読んで、
実習で特養やデイサービスなんかに行ったときのことを思い出しました。

5日間しか実習してないけど、すごくやり甲斐があって、大変ではあるけど素晴らしい仕事だなぁって思いました。

職員の人たちから聞いたことで一番印象に残っているのが、こういった施設は「死と隣合わせである」ということがすごく辛いんだということ。

親しくしている利用者・入居者の方とも、多くはいつの日か別れ、しかも永遠の別れをしなきゃいけないわけで・・・私だったら耐え切れないかもしれないなとその時感じました。

でもまめっちはきちんと向き合っていて。
すごく尊敬します。
自分のために泣いてくれる人がいるなんて、Sさんは幸せだなぁ。
Posted by 82 at 2006年08月17日 15:18
>MEGANE
汚れてるわけじゃないと思うな。
職場の人に言われたの。
『そんな毎回泣いてたらキリがない。死ぬことは悪いことじゃないんだよ』って。

ま、あたしはもともと涙もろいからね〜。


>奥さん
おっくんの言葉はいつも深いよね。そして、なんだかあったかい。

あたしも語りかけたかった。触れたかった。
でも始業前だったし、ご家族様がいたし、職員がお線香あげるために
並んで待ってたから出来なかった。
それが唯一の心残りです。。


>名無しさん
本当にそうですね。
人生のフィナーレを彩るお手伝いができるなんて、すごいことですよね。


>82
あたしも、この件があるまで忘れてたよ。『死と隣り合わせである』ということを。
それってすごく辛いことだよね。

でも、最期に立ち合えるなんてすごい仕事だとも思うんだ。
Posted by まめっち at 2006年08月17日 19:35
…あ、名前いれたはずなのに
き、消えてるっ!!
Posted by しんちょん at 2006年08月18日 07:42
>しんちょん
やっぱり、しんちょん先輩でしたか!
コメントありがとうございます(*´ー`)
Posted by まめっち at 2006年08月18日 07:55
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